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人手不足で「素人」が増加、修繕工事にご用心

2019/12/16
人手不足で「素人」が増加、修繕工事にご用心

「屋根の防水工事を18年間で4回も頼みました。施工内容に都度不備があり、それぞれ違う業者に頼んでこの結果。今になって、施工不良は特別なことではないと痛感しています」

こうため息混じりに話すのは、賃貸マンションの経営歴25年、兵庫県尼崎市で築32年の1棟マンション(3階建て・6戸)を持つ原口健吾さん(仮名・50歳)だ。1994年に親からマンションを相続した2代目大家さんで、その後の大規模修繕工事で多数の施工不良に見舞われた。中でも繰り返し憂き目にあったのが屋根の施工不良だった。

屋根修繕を実施した回数は、1999年から2017年の18年間で計4回。本来ならあり得ない回数だ。なぜなら修繕周期は原則12年おき、長くても20年ほどが一般的。原口さんのケースでは、通常は1回、多くて2回が相場だろう。

■屋根修繕の施工回数は18年間で4回

時期内容修繕費
1999年屋根修繕(1回目)55万円
2006年屋根の塗装面のはがれを発見。2回目の屋根修繕実施。
⇒シーラー不足が発覚し、解消。
45万円
12年外壁工事のついでに屋根の検査を依頼。再度、屋根塗装のはがれが発覚。3回目の屋根修繕へ。
⇒「縁切り」の未施工が発覚。指摘されるも「べったり塗装されていて縁切りできない」と断られる。
31万円
17年3階ベランダ頭上の軒先(屋根の裏側)でモルタル浮きを発見。4回目の屋根修繕を依頼。
 「縁切り」未施工の悪影響で、屋根の中に雨水がたまっていた。解消へ。
10万円

注:屋根修繕以外の工事は省略

追加工事は塗装が2回、水漏れが1回

不具合の中身は、主に塗装の剥がれと水漏れだ。塗装の不具合は、ペンキと屋根瓦の密着性を高める「シーラー」という塗料の付着量が不十分だったために起きたものだ。

また水漏れについては、屋根瓦と下地の間に雨水がたまらないよう屋根瓦と屋根瓦の間にすき間を造って雨水を外に流す「縁切り」と呼ばれる作業工程が省かれていたことが原因だった。

これらは、本来なら、1999年の1回目の修繕工事で行うべき工程だった。だが塗装のシーラー不足については2006年と12年に屋根瓦の塗装の剥がれを補修した2度の工事でようやく解消したという。

水漏れの縁切りについては、16年に3階ベランダ頭上の軒先(屋根の裏側)からモルタルの浮き(雨漏り)が発覚した際に行った4回目の工事でようやく解消した。

原口さんの修繕工事で驚くのは、4回の工事を全て違う業者に発注していたという事実。つまり4回目の工事で「縁切り」の不具合が正されたというのは、それまでの3回の工事に携わった3つの工事会社が、揃って不具合を見過ごしたということになる。

■屋根塗装の剥がれ

■ベランダの軒先で縁切り未実施による雨漏り)

原口さんが投下した追加施工費用は、屋根修繕だけで延べ86万円。シーラーを二度塗り直し計76万円。縁切りの作業で10万円。一度目の55万円の工事で見過ごされていなければ、払わなくてよかったものだ。追加の工事費用で、原口さんのアパート経営は圧迫を受けた形になる。

人手不足で、職人の育成や工事の監視に手が回らない

実はこの手の施工不良は珍しいことではない。マンション修繕の職人を養成する一般社団法人大規模修繕工事・優良職人支援機構(東京都豊島区)の立岡陽代表は「あってはならないことだが、珍しいことでもない。我々の業界では、初歩的な施工工程を忘れている、もしくは知らない職人が結構多い」と明かす。

初歩的な施工工程を知らないのは、修繕会社の教育・監視の不届きだ。「社長が個々の作業を全て監視するわけにもいかないし、難しいところ」(立岡代表)。その一方で、工期を短縮するためにあえて作業工程を省略するという、社長の“監視”もあるとする。

原口さんの物件のような施工不良や手抜き工事のリスクは、今後さらに高まる可能性がある。ベテラン職人の不足が深刻になる可能性があるからだ。東日本大震災の復興工事、アベノミクスによる国土強靭化の推進、東京オリンピックのインフラ投資――等で、職人不足が深刻になっている。

その一端は、職人の賃金や労務単価に表れている。彼らの年間賃金は5年前より14.7%増え、公共工事の労務単価は、同じく22%の上昇を見せている。東京オリンピックが終わっても、25年には大阪万博に伴うインフラ投資が控えている。帝国データバンクによれば、大阪万博で人手不足を懸念する企業は1万社中3割弱を占める。

一般社団法人マンション大規模修繕協議会(東京都品川区)の河本唯氏は「職人不足は東京五輪後に一服すると期待していたが、まさか大阪万博で長引くことになるとは」と漏らす。

政府は対策を急ぐが焼石に水だ。人手不足を補うために外国人労働者の受け入れを拡大。経験の浅い職人を集めても、施工不良の背景は「詳しい職人の不在」にあるのだから、防ぐための教育や改善意識が各現場で行き届いていなければ、本質的な解決には至らない。

足元の修繕トラブルは増えており、公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センターのもとには最近の1年間で955件の相談が寄せられた。3年前と比べて1割増加している。「この傾向は続いている」(同センター)。

今後大規模修繕を控える不動産投資家は、余計な出費を避けるためにも、施工不良のリスクをよく理解し、念頭に入れる必要があるだろう。

トラブルの上位は、外壁や屋根の「剥がれ」「雨漏り」「性能不足・汚れ」

大規模修繕の失敗を防ぎたい不動産投資家のために、ここからは「よくある施工トラブル」と「抑止・改善方法」を紹介しよう。

前述の住宅リフォーム・紛争処理支援センターに相談が寄せられた施工トラブルは、外壁や屋根にまつわるものでは、「剥がれ」「雨漏り」「性能不足・汚れ(変色など)」の順に多い。

下の写真は外壁の塗装の剥がれを示したものだ。外壁にペンキを塗る際、「下塗り」「中塗り」「上塗り」と3度にわたり塗装を繰り返す。だが下に示した写真のケースでは「下塗り」を省略したことで招いたものという。

■外壁塗装の剥がれの例

下塗りを手抜きされると、塗装後に早くて2~3年後に剥がれが起きる。都内の大規模修繕コンサル会社の社長によれば、「特に下塗りや中塗りを省いて上塗りをされると、違いが分からなくなる。現場の監視が必要」という。

2缶使うべき塗料を1缶にされた例も

意図的にペンキの量を減らして資材費を浮かせる業者もいる。名古屋の某アパート管理会社では、外壁塗装を依頼時に、1㎡当たり2缶使うべきところを1缶で済まされたことがあった。塗料が剥がれると、見た目が悪くなり、次の入居者募集が不利になり、アパートの収支に影響を与えることになる。

同社の社長は「不正発覚以来、当社では、外壁塗装の業者には『使ったペンキの空き缶は処分せずに残してください』と指示しています。施工後に空き缶の数が分かれば、適正量を使ったかどうかが分かりますから」と語った。

雨漏りの主な原因はシーリングの不具合

2番目に多い施工不良の雨漏りでは、「シーリングの不具合」が主な原因だ。シーリングとは、外壁の隙間や窓枠などに貼るゴム状の防水製品。これによって隙間から雨水が侵入するのを防ぐ。通常の修繕では、古いシーリングを剥がして、新しいものを貼る。

■雨漏りを起こすシーリングの不具合の様子

だが、「シーリングを剥がさずに、そのまま新しいシーリングを貼る職人も多い」(前出のコンサル会社社長)。そうなれば、新しいシーリングが剥がれやすくなる。貼り替えた場合と、上から貼った時と比べて、耐久性は10年以上違ってくる。

外壁の汚れ、変色は塗料の撹拌に問題

3番目に多い施工不良での外壁の性能不足・汚れ(変色など)は、塗料を調合する「撹拌(かくはん)」の不具合が原因になる。撹拌の時間や、必要な量を間違うことで起きる。剥がれ同様、見た目が悪くなると、入居者を内覧に案内する際、第一印象で不利になりがち。撹拌の不具合は、変色にとどまらず塗装の剥がれを引き起こす可能性もある点で注意が必要だ。

■性能不足で変色している外壁の様子

前述の立岡代表は「撹拌の基準は塗料メーカーが定めているが、職人が慣れてくると、自分の基準でやってしまうところがある。メーカーが提供している製品は、現場での調整が必要で実質的には半製品。その状態から実際に使える製品にするのは職人の腕にかかっている」と話す。

不動産投資家は、施工不良のリスクをよく理解して、予防・抑止に務めるべきだろう。不動産投資は株式投資やFX(外国為替証拠金)取引と比べて、事業としての側面が強い。あくまで「経営」として捉えて、細部にも監視の目を行き届かせてこそリスクを軽減できるというものだ。

次回、施工不良の防ぎ方を紹介する。

千住さとし

不動産ライター。不動産会社、ハウスメーカー、不動産投資家などを精力的に取材している。

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